亀田対内藤のタイトルマッチのあとの
亀田事件を見聞きしているとき、ふとモハメド・アリのことを思い出しました。

そしてボクシング(殴り合い)に対する基本的考えの違いを感じたのです。
『蝶のように舞い、蜂のように刺す』
カシアス・クレイ(後のモハメド・アリ)の言葉です。
彼のボクシングは、自分お顔を絶対打たせない、すばらしいフットワークと瞬間的に繰り出す強いパンチにありました。
だから彼は、ボクシングの後もきれいな顔でした。
先日のタイトルマッチ亀田大毅対チャンピオン内藤のボクシングと対称的だったといわざるを得ません。
亀田大毅は途中から何でもありの喧嘩になり、ついにはレスリングの投げまで繰り出す始末でした。
ここに同じボクシングでも、自分に誇りを持つか持たないかの違いが毅然としたと思えました。
『蝶のように舞い、蜂のように刺す』モハメド・アリのボクシング哲学とスタイルにははっきりした自分に対する誇りがあったと思えます。
それに対して、亀田大毅のボクシングはそのかけらすらありませんでした、たとえ18歳の若さだとしても、本人が最低持つべきボクシングへの自分自身の誇りではないでしょうか。
モハメドアリは
1967年、ベトナム戦争が泥沼状態に陥っていた状態で徴兵されますが、彼は罪も
ないベトナムの人たちを自分は殺したくないといって徴兵拒否します。
そして彼は無敗のままチャンピオンベルトとプロライセンスを剥奪されます。
亀田兄弟は、父親のつまらない本からより、
モハメド・アリのボクシング哲学や、彼のこと若い他本などを読んで本当のボクシングを知るべきでしょう。
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